
山車巡行(この写真は2004年の様子) |
開催日 2005年8月6日(土)7日(日)
場所 愛知県豊川市御油神社他御油町一円
時間 PM8.30頃〜11.00頃
交通 名鉄「御油駅」徒歩10分位
花火数 土日両日で3000発以上
祭りは御油神社の祭典として8月第一土日に2日間に亘って行われる御油6町内の盛大なお祭りです。祭り内容は2004年分観覧記録にも一部掲載してありますが、きわめて多岐に亘る行事ですので、その内紹介記録をまとめて見ますので、暫定としてご覧下さい。
公表された統括詳細情報はほとんどありませんので、どこで何が何時行われるか、直接現地に行きましても情報なくしてはさっぱり判りませんので、御注意下さい、基本的には町内氏子さんの厄除け神事で、大規模ではありますが、観光的なお祭りでは無いようですので、地区に配慮されてお楽しみ下さい。
2004年観覧記録 花火打上げ場所  |
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御幣を乗せた白馬(模型)がタイマツの明かりと
共に御輿を先導して御油神社に向かいます。2005年 |
祭りも終盤となる御輿がもうすぐ御油神社に
到着、花火は以後も延々と揚がり続けます。2005年 |
今回も8月7日(日)のみの観覧です。
花火は尺玉が揚がる山打上げがメインで打上げ場所が昨年の旧・遠見山公園あたりから、今回はかなり神社寄りに変更されました。打上げ場所は山以外に御油小学校校庭で仕掛け・乱玉等の小型煙火、御油の松並木の「お旅所」辺りから1〜2号玉、御油橋周辺からは川花火として小型煙火と、祭りの進行に合わせて各所から揚がります。まさに町内一円花火漬けといった賑やかさで、今回は進行が遅く延々11時頃まで続きました。奉納煙火としての花火の総使用量では三河一との話も聞かれるほどですが、実態はなかなか掌握出来ません。
打ち揚げの見所はやはり尺玉で、時間打ちと云われる5分間隔で揚がる尺玉奉納は写真のように先駆けや添花として小花や小スターマインを伴って、あるいは小花入りの対打ち、叉御輿が御旅所に到着の合図としての尺玉連続打ちは四重芯3発、三重芯3発が各々V字トラ、小スターマインを添花としての豪華さ、留めは5号・6号各5発の銀ヤシと8号・10号各5発の銀千輪菊の一斉打ち「超特大銀世界」がいわば中締めで、さらに5分毎の尺玉時間打ちが四重芯も1発入り素晴らしい玉がスターマインを挟みながら延々と続きました。一般的な花火大会とは全く違う、長大な時間を使っての単発花火の奉納、伝統のある花火行事として独特の文化がここにはありますね。
花火の見学場所というのは特にありません、町内の皆さんが各所で集まり、叉は自宅からとさまざまで、御油橋周辺が比較的賑やかな感じでした。
撮影的には今回は無風に近い逆風と最悪の状況でした、5分毎の時間打ちでやっと煙が掃ける状態、尺玉多重芯は連続打ちの為、すべてに煙がかかり満足な写真とは成りませんでしたのが残念でしたが、参考までにUPしておきます。
写真
上段は尺玉6発連続打ち中の5発、下段は時間打ち及びスターマインのごく一部です。
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| 10号三重芯丁字菊 |
10号三重芯丁字菊 |
10号三重芯丁字菊 |
10号四重芯丁字菊 |
10号四重芯丁字菊 |
超特大銀世界 |
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| 10号対打ち |
10号四重芯菊 |
スターマイン |
10号彩色千輪 |
10号2度咲千輪 |
10号彩色千輪 |
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御油神社
高札によると主祭神は「イザナミノミコト」、古くは踊山神社、それ以前は若一王子社といわれ、建仁年間(1201〜1204年)三河国主藤原俊成郷が那智より三河国蒲形の里(現蒲郡市)に歓請、その後文政元年(1444年)に再遷され此処御油の踊山に奉安され御油町の産土神として尊崇されるに至るとあります。
若一王子社とは熊野十二所権現の一つで、当時は熊野との交流が盛んであったようで、蒲郡では竹谷神社・大宮神社などに熊野権現の歓請が見られます。現在の祭り形式は御輿渡御・山車(屋台)巡行・囃子・御旅所の設置など東三河の祭りの主流である厄除け祈願の祇園祭・天王祭の影響が見られますが経緯は不明です。三河では古くから厄除け祈願の祭りと得意な花火・手筒とが結びついて一大発展をして来たようです。
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