幻の煙火師集団・吉浜煙火
 

愛知県高浜市の吉浜は人形で有名ですが、ここに煙火で当時名を馳せた花火師集団の物語。
段物(だんもん)
と呼ばれた連結玉を得意として、明治10年頃に有志で始め、最盛期には「昇り3段釣り分け3段」などや「2尺玉昇り3段」など、他の花火師には到底真似の出来ない技術を誇り一世を風靡したものの昭和10年頃を期に事故や後継者難により衰退してしまって、今は無く、幻のようにこの時代を駆け抜けた花火に魅了された方々の貴重なお話です。

昭和47年発行の高浜市誌資料に基ずきますが、高浜市及びかわら美術館さまのご協力を頂き、写真撮影並びにHPにての公開の了承を頂いておりますので、紹介させて頂きます。
吉浜煙火製造所の歴史

明治10年前後から、吉浜には花火の製造に興味を持って、個人個人で研究し製造した人があった。勿論、火薬の取り締まりも今のように、厳しいものでなく、個人の家へ同士が集まって作っていたのである。そうしてお祭りとか、祝い事(竣工式・除隊兵の出迎え)等には必ず花火を上げて、祝ったものである。
明治25〜6年頃には4つの各会派があった。「一二流、朝日流、稲留流、大和流」はお互いに特色があって、各自製法に秘密があり、各自にその技を競っていたが、日露戦争後(明治38年)社会情勢の変化に伴い、4つの会派は大正元年に合同して「吉浜煙火製造所」として発足した。これにより各々が長所を持ち寄り、より良い製品を製造し、注文も増し盛んになった。
当時参加した大会として大曲(秋田県)、館山(千葉県)、岩津(岡崎市)、荒子・西端(碧南市)、東端・城ヶ入・和泉(安城市)と記載されている。大正8年8月には中国の青島に於いて、青島神社の御遷座祭に10種類の花火を送って、非常に好評を博した。しかし大正9、10年と相次いで花火事故の為、花火師4名が犠牲になられる。大正13年秋の高取の花火に2尺の昇り三段を試みたが、この時は火薬が強すぎ胴打ちをして失敗に終わる。
昭和2年に場所を替え、第二次吉浜煙火製造所の竣工とともに、以前にも増して注文も増え活気を呈した。吉浜の花火の特色は段物(ダンモン)で、他の花火師の及ばない特技を伝承していた。

昭和10年7月に県内の花火競技会において優秀な成績を収める。
@名古屋森林公園での競技会で、黄金牡丹菊先変化小菊浮模様で最優秀
A長山遊園地の花火競技会で8号桔梗牡丹を打ち上げ優勝。
昭和10年9月に婦人会総裁の宮様が静岡・愛知ご視察のおり蒲郡観光ホテルのお泊りの折、お慰安申し上げる為、吉浜花火を打ち上げ、非常に御満足遊ばされ、ご帰郷後金一封を御下賜、との事。
昭和3年の事故で1名、そして昭和10年11月23日に製造所爆発事故により新美常四郎氏他1名が犠牲になられた、新美氏は完成品の美しさ、黄金及び桔梗色の出し方に他の人の類を見ない技術を持っておられた。
                                      以上資料に基ずき抜粋引用させて頂きました。 

全国的にも塩素酸カリ使用による花火事故は当時、記録の有無に係らず多発したようで、三河各地でも大正〜昭和初期にかけて事故が多く、この吉浜も15年間ほどに実に7名もの優秀な花火師を失い、工場を消失した事で、ついに吉浜煙火も再興出来ずに華々しい歴史の幕を閉じた。

段物(だんもん)

矢羽根を付けて玉を3個連結する昇り三段という花火は当時三河一帯に見られたようです。3個の花火の内2個は推進力を加えるための花火で、当時は打ち上げ筒は木製で、発射の薬量に制限があったのか、打ち上げた後、下になった玉の爆発で推力を加えて、より高く上げる工夫であったようです。この吉浜の段物の特徴は玉の大きさと釣り分けと呼ばれる技術の難しさであった、その種類は「昇り三段」「昇り五段」「昇り三段後の一曲」「昇り三段下り三段」「昇り三段釣り分け一曲」「昇り三段釣り分け三段と雨に傘」等多岐に亘り、さらに玉の大きさも4号玉から尺玉、昭和5年10月25日岡崎の岩津天神の祭礼で2尺玉の昇り三段を見事に成功させたといわれる。この項のみ三河煙火史より引用
昇り三段釣り分け三段のの場合、8号玉が9個連続、重さ120kg余り、長さ2.4mの筒に入れても矢と一個半の玉は筒口より上に出た、おそらく全長は4m近くにも達したであろう。段物としては最高の技術を有する見事な煙火であったと云われる。割火薬は資料によると大正の中頃までは黒色火薬が主体で、大正中頃以降塩素酸カリに変わってきている。
1個の割り物玉と違って、この細長く重量のあるものを打ち上げる薬量に特に苦心されたと思います。まさに花火に魅入られて命がけの技に挑戦されてきた花火師さんに敬服致しますとともに犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

右・昇り三段、左・昇り三段後の一曲 手前・5号白雨奴子傘 と牡丹等単玉模型

昇り三段釣り分け三段の開花図解

トップの写真は5号の昇り三段釣り分け三段の模型ですが、9個の玉部分で全長1.4m、矢羽根を入れた全長は2.8mにもなる巨大なものです。
9個の玉の内、2個を全体の上昇推力に使用、その後中心の玉が開花と共に左右3個ずつを落下傘で吊り、この2個ずつをさらに推力に利用する、昼花火の為、出来るだけ高さを保つ工夫なのでしょう。すべての玉を時間通りに開花させる、この各玉の導火線の長さを調節するのも難しい技術であったと思います。

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