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| 三好稲荷 鳥居 |
三好稲荷 参道 |
三好稲荷 拝殿 |
案内板によると、三好稲荷は三好地内にあった三体の稲荷尊天を、享和17年(1732)に庄屋が陣取山にお祭りして「三好稲荷」と称し、村の総鎮守として崇め、その後藩主大岡越前守の帰依を得ており、文久元年(1861)に満福寺の境内に移され、以後「三好咤枳尼真天」と称して、初牛・夏期両大祭が盛大に行われるようになった。
大提灯は三好の野々山弥蔵氏が昭和2年に三好稲荷の愛知県新10名所第2位当選(1位岡崎公園)と自身の還暦とを記念して自作され、昭和4年の夏期大祭に奉納された。それ以降夏の大祭を「大提灯祭り」とも証するようになる。その後昭和63年、平成5年と大提灯が寄進された。
大岡越前守は豊川咤枳尼真天にも帰依し、江戸私邸に豊川稲荷を勧請したほどの稲荷さんひいきであったようです。
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| 隣接の満福寺 |
満福寺山門 |
境内のチャラボコ太鼓 |
満福寺は奈良期に行基によって救世観音を祀った事に始まり、平安期の天元5年(982)国主大江定基により比叡山の支院「大乗寺」が開基され、万寿2年(1025)現在の本尊金色阿弥陀仏が開眼したときを起源とする。、その後室町期に浄土宗となる。
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| 三好稲荷境内の様子(花火はこの中央から上がりますが、樹木の中に隠れて見えません) |