2007年 三好大提灯まつりと花火大会


                              2007年観覧記録と写真              OP 中部の花火情報館

開催日  2007年(平成19年)8月26日(日)
場所    大提灯まつり ー三好町三好・
三好稲荷閣
       花火大会   −保田ヶ池周辺より打上
時間    19.45〜21.00
交通    名鉄豊田線・地下鉄鶴舞線「赤池駅」より 
       名鉄バス・豊田市駅行き「三好」下車すぐ
花火    約1000発・最大3号玉
駐車場   中部小学校校庭を無料開放
問合せ   満福寺 0561-32-1023

満福寺の鎮守社「三好咤枳尼真天」(通称・三好稲荷閣)の夏期大祭で各種奉納行事と同時に前日(土曜日)から大提灯3張が奉納される。提灯は昭和4年の夏期大祭に初めて奉納された世界一と称する高さ11m・直径6.5mの巨大な提灯で両日PM6・30頃点灯され、境内や周辺は約110店もの夜店で賑わう、三好を代表する祭りの一つで、町の指定無形民族文化財となっている。
日曜日はPM8.00頃から近くの保田ヶ池より花火が打上られます。

    

                  三好稲荷・満福寺

 大提灯まつり
大提灯まつりとしては一色町の諏訪神社祭礼も有名ですが、一色町は12張中の最大のもので高さ10mですので、大きさは此方が若干大きいようです。稲荷は京都伏見稲荷系列と仏教伝来の咤枳尼真天との2系列がありますが、ここは豊川稲荷と同じく咤枳尼真天を祀る。

三好稲荷 鳥居 三好稲荷 参道 三好稲荷 拝殿
 案内板によると、三好稲荷は三好地内にあった三体の稲荷尊天を、享和17年(1732)に庄屋が陣取山にお祭りして「三好稲荷」と称し、村の総鎮守として崇め、その後藩主大岡越前守の帰依を得ており、文久元年(1861)に満福寺の境内に移され、以後「三好咤枳尼真天」と称して、初牛・夏期両大祭が盛大に行われるようになった。
大提灯は三好の野々山弥蔵氏が昭和2年に三好稲荷の愛知県新10名所第2位当選(1位岡崎公園)と自身の還暦とを記念して自作され、昭和4年の夏期大祭に奉納された。それ以降夏の大祭を「大提灯祭り」とも証するようになる。その後昭和63年、平成5年と大提灯が寄進された。

大岡越前守は豊川咤枳尼真天にも帰依し、江戸私邸に豊川稲荷を勧請したほどの稲荷さんひいきであったようです。

隣接の満福寺 満福寺山門 境内のチャラボコ太鼓
 満福寺は奈良期に行基によって救世観音を祀った事に始まり、平安期の天元5年(982)国主大江定基により比叡山の支院「大乗寺」が開基され、万寿2年(1025)現在の本尊金色阿弥陀仏が開眼したときを起源とする。、その後室町期に浄土宗となる。
三好稲荷境内の様子(花火はこの中央から上がりますが、樹木の中に隠れて見えません)


 花火大会

今回の目的は上記の大提灯と花火のコラボ写真でしたが、これは狙いが大きく外れました。
この大会は最大玉が不明で、一部情報に見られた尺玉がもし揚るなら、少々距離(約600m)はあっても、提灯の場所から花火は見えるだろうとの期待でしたが、大きく外れ(泣)実際は最大玉は3号玉でした。
花火だけを見るには地図からも、保田ヶ池の北方の道路部(歩行者部)か中部小学校校庭、かぶりつきは池の対岸という事になりそうです。常時3号玉早打ちや時おりスターマインが上がります。現地稲荷閣境内から何とかポイントを探しましたが、大提灯の隅に僅かに見えるだけの場所もありますが、大光量の照明の真正面であったりと、まず写真となる構図が得られる場所は皆無のようです。
稲荷閣東隣の満福寺の境内からは見え、屋台も多く、ここが一つの観覧場所にもなっているようで、参拝者や見学者で溢れていました。写真的には境内の照明や屋台の照明等の為、撮影的には池周辺以外に良い場所はなさそうですね。


                                            花火打上場所 
保田ヶ池、西面よりの撮影、この右手の林から花火が揚る    花火筒場・挙母煙火さん


満福寺の境内より・山門と花火 満福寺の境内


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