2004年(平成16年)
尾張西枇杷島まつり


美濃路に春を告げる江戸時代より200年の伝統の山車まつりと花火大会
2004年観覧記録と写真

             中部の花火情報館

    2004年尾張西枇杷島まつり

開催日   6月5日(土)山車・花火大会
        6月6日(日)山車・まつりセレモニー
場所    愛知県西枇杷島町橋詰町から二ッ杁町
        までの美濃路一帯
交通    JR「枇杷島駅」から徒歩10分
        名鉄「西枇杷島駅」から徒歩4分

花火大会  花火は上記美濃路の南、庄内川河畔
         の「リバーランド」で開催
         時間 PM7.40〜8.30
問合せ    西枇杷島町まつり振興会
         TEL 052-501-6351

まつり概要 この祭りのメイン行事は山車の引き回しで、古いものは享和2年(1802年)
         製作という尾張山車のルーツとされる名古屋型で、全5輌中今回4輌が運
         行されました。来年(2005年)開催の愛知万博での山車・からくりの披露も
         予定されており、愛知山車を世界に発信すべく盛り上がりを見せていました
         
         同じく愛知の伝統産業である三河花火も万博を機会に世界にアピールして
         欲しいですね。盛大な万博花火を期待したいと思います。

花火大会&山車の概要&観戦記(2004年)
花火は庄内川北の河川敷(JR線まで800m、堤防道路より200m地点)よりの打上げで、観覧場所として今回から河川敷を一部解放、堤防道路上と併せて収容能力は充分ですので、場所取り等の必要はありませんでした、花火は単発3号玉220発、4号玉130発、5号玉30発の380発にスターマイン7回の他にナイアガラ80m、EXPO枠仕掛け、乱玉3基という規模、総数の公表値はありませんが、実数約1000発という所でしょうか。パンフレットは山車会場の大会本部で配布されていました。
花火はスタートから中盤過ぎまで淡々とした3〜4号玉の早打ちと小スターマインの繰り返し、この間特に目立つ玉はなく終盤に万華鏡、光りのオブジェ等が入り始め、スターマインも物量を増し、フィナーレはワイドではないものの小大会としては充分といえるスターマイン、錦冠スタマで締めていました、最大5号とはいえ観覧距離も200mほどの為、充分迫力は感じられました。この時期花火大会が少ない折でもあり、夏の本番に向けて、のんびりと楽しめる花火大会でした。
     

  山車写真(今回参加4輌)
本日は梅雨前の気候も晴天、現地には昼頃着、来着の花火愛好家諸氏とここの祭りのメインであります4輌の山車をのんびりと観覧、この旧美濃街道は道幅が非常に狭く、山車が1台通るのがやっとで、片側の屋台は通行時屋根を上げるほどで、この狭い場所に大勢の観衆で溢れていました。
山車は表記のように江戸時代作の伝統ある車で、周囲の彫刻も見事なもの、各車毎のからくり人形が頻繁に演技披露されて非常に楽しめました、私は特別山車ファンではありませんが、はるばる関東より来着の花火&山車ファンのBMTさんの影響を次第に受け、山車について調べてみますと、愛知県特に尾張地域は全国的にも歴史のある、からくり山車の宝庫のようです。春の山車祭りは祇園祭り・天王祭りが主体ですが、ここも以前は天王祭り。通常は5台ありますが今年は1台改装中で不参加との事でした。
この西枇杷島の山車は愛知の山車のルーツとされる名古屋型と呼ばれ、本場の名古屋市内は戦災の影響で多くは焼失した中、5輌が温存された貴重な文化遺産との事のようです、この山車の見学と打上げでの花火大会と1日楽しめました。

(下記山車写真の王義之車は2005年での撮影分)

紅塵車(西六軒町)
製作・享和2年(1802年)
泰亨車(東六軒町)
製作・文化2年(1805年)
頼光車(杁西町)
製作・明治4年(1871年)
頼朝車(問屋町)
製作・享和2年(1802年)
王義之車(橋詰町)
製作・享和2年(1802年)

Copyright (c)2002-2004 K・Nakagawa All Rights Reserved    中部の花火情報館