西枇杷島町は2005年7月7日(木)付けで清洲町・新川町との3町合併により「清須市」として誕生しました。現在の「清洲」という地名は元は「清須」という地名で本来の歴史上由緒ある地名に戻ったとの事です、創生期の織田信長の居城として、この地より桶狭間の決戦に出陣、一時期は尾張の中心として、叉中世から小田井の市として栄えた町です。この時期各地で開催される春の天王祭(祇園祭)としての歴史を持つ5台の山車が引き出され街中が賑わいを見せます。
花火大会はこの時期少なく、叉担当煙火店が(株)磯谷煙火店さんとあって、昨年に続いての観覧です、花火は庄内川の右岸(北側)河川敷よりの打上げで、観覧場としての堤防道路より南隣接の河川敷もかなり整備されつつあります、また堤防道路も花火開催日はPM7.00〜9.30の間、車両通行止めとして観覧場として開放されますので、混雑する事はありません、観衆もほとんどは近所の方のようで、花火が始まるとともにやっと詰め掛けるといった状況です。
花火は最大5号玉以下3〜4号の早打ちとスターマインが7回、枠仕掛けやナイアガラ、小型煙火も織り交ぜての小規模とはいえ特に終盤は花火大会としての非常に見応えのある内容でした。
昨年よりさらに内容は充実し、特に終盤は定番の銀・錦スターマインで終了と思いきや、光の宝石スターマインが登場したのにはビックリの圧巻でした。観衆の反応はといいますと、純白に普通より長時間輝いたナイアガラ、形の決まった割り物や形物各種、「ウヮーッ、綺麗ッ」とひときわ感嘆の声が聞かれたのが不思議と点滅系の柳、カムロもそうですがやはり引きの長い余韻の続く花火で色・輝度の素晴らしい花火は一般観衆の皆様お気に入りのようですね、独自の引きの長い紅・緑の遊飛星もそうですね。一瞬の変化に技を見出そうと目を凝らす割り物等の花火通好みの花火は勿論素晴らしく、大会の質にも影響しますが、これらを折衷しての演出が花火師さんの腕の見せ所でしょうか、ともかく今回は昨年よりさらに満足の大会でした。
大玉もワイドスターマインも怒涛の物量もありませんが、夏本番の体力消耗戦ともいえる大花火大会とは違った、のんびりと楽しめる地方大会ならではの花火、叉ご担当が全国に名花火師として名を馳せた磯谷煙火さんとあっては、お近くの方にはお勧めの大会ですね。
(写真は35mmネガ(一部デジカメ)、今回風向きはメイン会場では向い風でしたので、堤防道路を西に回りこんでの観覧&撮影でした。) |